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「いいじゃねぇか三流だって。熱い三流なら上等よ…っ」

 名言、福本伸行、天、天和通りの快男児、で検索すればまず確実に出る言葉です。詳しくはそちらか、もしくは天全巻読んでいただくとして。

 簡単に説明すると、この場面は、生真面目な青年井川ひろゆき(以下ひろ)が自分の劣等感の中でもだもだして自分が本当に行きたい道に行けないまま九年止まっていた時、神域の男・アカギが最期に彼に言った言葉。

 かなり削ってるが全部書くと非常に非常に長くなるので却下。

 この言葉を受けて、ひろは自分が行きたい本当の道を、突き進もうとするのだが、それは又別のスピンオフ作品を見ていただくとして……。今日のお題は、名言を如何に座右の銘に持っていくか、というお話。
「熱い三流なら上等よ」「生きていることに実がある」

 名言の捉え方は数あれど、どう考えてもちょっと腑に落ちないのは自分の都合のいい解釈で名言を扱うことである。最も名言というか、有名な言葉全てに言えることで、対立意見によっては相手を愚弄する意味にも捉えられかねない。そういう危険性があるんじゃなかろうか。

 最も、どういった捉え方をしてくれても構わないし、誰がどう捉えてどう考えるかは自由だし、責める理由にもならない。

 先に上げた言葉を例に上げると、ひろはこのあと本当にやりたい・進みたい麻雀の裏打ち稼業でいつしか神域赤木しげるを超えて強くなりたいと進んでいく。言うまでもなく、ひろは並の打ち手ならともかく、生死をかけてきた人間たちと打つには時々非常に苦戦する。それでも諦めないのは本気でぶつかって、ぶつかって、常に突き進もうとする意志をもって突き進む=熱い三流としての思いがある。

 人によっては此処で、お前の言うことは可笑しいというかもしれないがそういう話じゃなく、その人が本気で取り組みたい何かがあるからこそこの言葉が響くのであって、中途半端にやさぐれて、本気で取り込む気もないのにそういう言葉を使えるのかと。

 上の台詞に拘らず、時折見ていると勘違いしている人がいるように感じる。言葉に影響を受けて、かわろう、変えていこうと努力する人もいるわけだから一概におかしいとは言い切れないとは言っておく(自戒も込めて)が、果たして自分が挑む人生や世界に、その言葉にふさわしい努力をこめているのか、淡々とした覚悟はあるのか。

 時折そういうことを考えて欲しい。
 

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